なぜ私はこんなに道義的責任が気になるのだろう

1万字の作文を読み終えた小野寺梓さんが体育館から出てきた。私が拍手をしながら迎えると、彼女は「宗像さんのこと書いたところ、わかりました?」と言った。赤く泣き腫らした目の涙はまだ乾いてもいない。

ある日、関係者の方にちゃんと病院に行くよう促されました。その方が楽になれるよと。そして過去に上手く話すことができなかった病院に、もう一度行きちゃんとお話をしました。

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気づかないわけがないのだ。病院に行くことを勧めたのは私なのだから。一緒に配信を見ていたメンバーたちに、つい「これ、俺のことだ」と漏らしていたのだから。

2022年11月7日から9日にかけて、7人組アイドルグループである真っ白なキャンバス(通称、白キャン)の合宿が行われた。11月18日に東京ドームシティホールで開催される「真っ白なキャンバス 5周年ワンマンライブ 『希望、挫折、驚嘆、絶望、感謝 それが、私。』」に向けて、メンバーが自身と向かい合う1万字作文がこの合宿のメイン企画だった。

この合宿をめぐっては、開催前にプロデューサーの青木勇斗さんが白キャンのオンラインサロンで話したところ、ウェビナーが紛糾する事態になった。議論は延長を繰り返して3時間半に及び、後日延長戦も行われた。結果的に、青木さんがオンラインサロンで話してくれて良かったと思う。

ただ、本丸である1万字作文の是非について議論している時間はほぼなかった。執筆行為がノルマになることには、私の職業柄、反対意見も述べていた。今、あなたが読んでいるこのブログを書いている私は、パソコンのキーボードを打楽器のように鳴らしながら、文章を好きこのんで書く人種だが、それは少数派だ。

かくして私は、1万字作文を防げなかった道義的責任を感じながら、合宿最終日である11月9日に合宿所を訪れた。最初の2日間は渋谷でのチケット手売りもあり、今回の合宿所は近場だろうと高を括っていたのだが、実際は「日本のどこだよ」という場所だった。

ほうほうのていで合宿所に着くと、やがて併設の体育館でのダンスレッスンを終えたメンバーが戻ってきた。西野千明さんが作文を見てほしいという。こうして、配信の着地点を青木さんと話したくて来たはずが、ホテルのロビーでメンバーの作文を延々と読む展開になった。なお、私の到着時点で小野寺さんと橋本美桜さんの作文は完成していたので発表まで未読、三浦菜々子さんは自分ひとりで書きあげたいという姿勢だった。

とはいえ、私は作文の添削をしたわけではない。そもそも、みんな想像以上の文字数をすでに書いており驚いたほどだった。西野さんの作文は、小説のような書きだしであり、夢と現実を行き来しながら、伏線を回収していく構成に唸らされた。鈴木えまさんは、1万字到達が確定している段階で、それでも小野寺さんと一緒におばあちゃんの家に行ったエピソードを書き足していてた。初めておばあちゃんの家に一緒に行った友達がメンバーで嬉しい、他のメンバーとも行きたい、と。

ただ、西野さんや浜辺ゆりなさんは、睡眠不足と疲労で頭が回らなくなり、書こうとして口に出したことを次の瞬間に忘れてしまう状態で、「今こう言っていたでしょ?」と私が同じことを繰り返して言い、思いだした本人が書くという、壁打ちノックのような状態になった。

麦田ひかるさんに目を遣ると、何本ものiPhoneの充電ケーブルに絡まるかのように床に寝転がってiPhoneに文章を打っていた。絡まっていたのではなく、麦田さんがケーブルから充電していたのかもしれない。

あっという間に時間は流れて、作文発表の時間になった。最初に読みあげた橋本さんが戻ってくると、すぐに浜辺さんの作文に的確な指導をしていた。教員になれる。そして、小野寺さんの発表が始まった。ロビーにいた橋本さん、浜辺さん、鈴木さん、麦田さんが、一台のiPhoneから流れるミクチャ配信を見守った。4人の視線は画面から動かない。

小野寺さんは自身の過去を読みあげていった。それはあまりにも赤裸々で、生傷をえぐるかのようだった。彼女の声を聞きながら、私はやりどころのない激しい怒りを募らせていった。「こんな内容を書いたんだから、せめてミクチャにもっと人が集まればいいのに」と憎まれ口を叩いた。どんな形でもいいから報われてほしかった。私をなだめるかのように、橋本さんは優しくて少し困ったかのような微笑みを私に向けた。どちらが精神的に大人かは言うまでもない。

小野寺さんの作文は過去から現在へと時間軸が進み、そして「ある日、関係者の方にちゃんと病院に行くよう促されました」という一文を読みあげた。苛立つ私もまた、作文の中にいた。

1万字作文を書きあげられないメンバーもいたため、ミクチャ配信は翌朝8時からも続けらた。全員の作文が完成するすることは惜しくもなかったが、誰よりも合宿に賭けていた青木さんが、思うところはあっただろうがネガティヴではないまとめ方をしてくれたことは救いだった。

すべての配信が終わり、朝食のために食堂へ行くメンバーたちを見送り、青木さんにだけに帰ると告げ、私はまたバスと電車を乗り継いだ。電車に揺られながら、合宿所に足を踏み入れたことで、またひとつ道義的責任を背負ったように感じていた。