軟骨越しのままどおる

2023年1月中旬、8年ぶりにネリに会った。8年!? ネリにそう言われて、そんなに会ってなかったのか……と唖然としたのだが、たしかに前回会ったのがいつなのか思いだせない。いや、たしか2014年3月16日に宮城県女川町で開催された「女川町復幸祭2014」のときに会っているはず。そこからカウントすると……9年!? ちょこちょこLINEで話していたので、時間の感覚が完全に弛緩してしまっていた。

ネリは、もともとはアーバンギャルドの現場で知りあった大学生だった。卒業後に、東日本大震災後の福島県に戻り、その頃から会う機会が減ったのだと思う。

前述の「女川町復幸祭2014」には、私は神奈川県から向かい、ネリは福島県からやってきた。その日のネリの写真が何枚かあるのだが、彼女の背後には震災遺構である江島共済会館の姿がある。津波で横倒しにされた巨大な建物だ。当時は、震災遺構として江島共済会館や女川サプリメントも残されていたが、2014年から解体が始まり、現在は旧女川交番を残すのみとなっている。当時のBiSはまだ第1期。あの日は「レリビ」という曲で、ファーストサマーウイカさんが体育館を猛ダッシュで走っていたものだが、その彼女も今や大ブレイクを果たしたタレントだ。BiSはすでに第3期。時が流れすぎている。

8年あるいは9年ぶり、とにかく年月が曖昧になるほど久しぶりに会ったネリは、THE BACK HORNの中野サンプラザでのライヴのために上京したのだった。コロナ禍になってから、県外に出たのは3回ぐらいしかないという。彼女の時計もパンデミックで止められていた。

中野に住んでいるさいとうさんにおすすめのカフェを聞いておいたので行ったのだが、ネリが空腹を訴えるので、コメダ珈琲に向かったものの満員。「福島にはバーガーキングがない」というネリの一言で、バーガーキングへと向かうことになった。ハンバーガーをほおばるネリから仕事の話を聞きながら、彼女の右耳に刺さっている7つのピアスを見る。そのいくつかはたぶん軟骨を貫いている。昔はちょくちょくこうして会って話していたはずなのに、やはり何もかもが曖昧だ。はっきりしているのは、私が一眼レフでネリを撮るのは今日が初めてだということぐらいだった。

THE BACK HORNの開場後、中野サンプラザに向かう彼女を見送って一旦別れた。するとLINEが鳴り、渡すものがあったという。中野駅前に戻ると、福島県の菓子メーカー・三万石の「チョコままどおる」を手渡された。次は私が福島県に行ってみたいな、いつも女川町への道中で通過してばかりだから。

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