地下5階の夏

連日の酷暑に疲れ果て、すべての気力が尽きていた2025年8月下旬、私は気づくと東急東横線渋谷駅の謎の空間に立っていた。電車の運行中は常に人で賑わう渋谷駅だが、なぜか人気のない空間があり、そこに吸い寄せられる程度に私は弱りきっていたのだ。夏の強烈な日差しは翳だけを濃くしていく。

かつて東急東横線渋谷駅は地上にあった。東急東横線渋谷駅の正面口改札を出ると、すぐ目の前にあったのは東急百貨店東横店。レストラン街、婦人服店、紳士服店、玩具店、文具用品店、東横のれん街など、幼少期の私からすれば、東急百貨店東横店にはこの世のすべてがあった。理容店を営む両親が、休日である月曜日によく連れてきてくれた東急百貨店東横店は、私の原風景のひとつである。

2013年3月16日に東急東横線渋谷駅が地下化され、その日を境にして、東急東横線渋谷駅は地上に出ることすら困難を極める迷宮となった。今となってはさすがに構造は把握しているし、外国人観光客にどうしたらいいか聞かれたら「とにかく上を目指せ」と教える程度には慣れたが、突然、東急東横線渋谷駅が地下5階の深さとなり、地上に出ることも、他の路線に乗り替えることも時間がかかるようになったのは、なかなか難儀な話だった。いまだに地上に出られないままの人も多少はいそうなぐらいだ。

地下化する前の東急東横線渋谷駅のホームは広大で、停まっている電車がすべて見渡せる構造だった。その解体後、跡地で撮影されたのが、欅坂46による2016年の「サイレントマジョリティ」のMVである。意外な再会である。

東急東横線渋谷駅の謎の空間……と書いたものの、2013年に地下化され、副都心線と相互直通運転となった頃、吹き抜けの空間はたしかに見た記憶がある。しかも、副都心線との接続で利便性が劇的に向上し、新宿や池袋にも一本で行けるようになった。そんな光景が印象づける眩しい未来から、いつからか私が取り残されていたというだけの話である。

謎の空間について調べてみると、そもそも東急東横線渋谷駅は安藤忠雄の設計だという。友人の建築インフルエンサーに早く教えてほしかった。コンセプトは、題して「地宙船」。そう言われて、東急東横線渋谷駅の随所にある円球状のモチーフにも合点がいった。自然換気を目的とした構造だそうだが、改札口やホームを増やせそうなほどの空間が駅構内にあることには、改めて見ると驚かされる。ここ、渋谷のど真ん中だぞ。地下5階だけど。

精神が消耗しつくした夏が過ぎて秋となり、今は車両が渋谷駅を出発して代官山駅に向かい、ようやく地下から地上に出たあたりの感覚だ。久しぶりに見る光は想像以上にまばゆい。感謝している。

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