高知県では3日で3回クジラを食べた。気に入ったのは、刺身よりも竜田揚げだ。
2026年3月19日、羽田空港から高知龍馬空港へと移動し、レンタカーに乗ってむろと廃校水族館を目指した。高知県南国市の高知龍馬空港から、高知県室戸市のむろと廃校水族館までは72キロも離れており、窓の外に広がる土佐湾、そして海沿いに並ぶ家々を見続けた。随所に津波避難タワーもある。特に室戸市に入ってからは、真新しい戸建て住宅と廃屋が同じ国道沿いに並んでいるのを眺めていた。自動車を停めると、岩が転がる浜の向こうに、どんよりとした雲と、荒々しい波を生みだす鉛色の土佐湾の海があった。
むろと廃校水族館への道中にあった、鯨資料館の鯨館では、実物大のクジラと捕鯨用漁船・勢子船の模型、クジラの骨格が展示されていた。古式捕鯨展示によれば、最終局面では男たちがクジラに飛び乗り、刃を刺したという。2階にのぼって展望台に出ると、そこからも岩が転がる浜、どんよりとした雲、鉛色の土佐湾の海が見えた。
むろと廃校水族館は、廃校になった小学校を改修し、2018年にオープンした水族館だ。外見は普通の小学校だが、廊下に置かれた跳び箱の中には水槽がある。ここにいるのは地元の定置網にかかったウミガメや魚たちで、フグもエイも実にフォトジェニックだ。階段をのぼると、オットセイやペンギンの剥製まであり、ずらりと亀の甲羅も並んでいる。理科室には、大量のホルマリン漬け容器が。日常と非日常が混在している施設だ。
むろと廃校水族館には、「春のブリまつり」という、松たか子さんがうっかり出てきそうなポスターやのぼりが至るところにあり、そうしたゆるいユーモアも心地いい。校舎を出てプールへいくと、大きなウミガメたちが悠々と泳いでいた。閉館した夜には、ウミガメたちが「やれやれ」とプールから上がっていても不思議ではない雰囲気だ。
帰路の車内ではJAGATARAを流した。江戸アケミは高知県出身なのだ。
翌3月20日は、まずタクシーに乗って高知県立美術館へ向かった。高知県立美術館の建物は、外部も内部も美しい。展覧会「高知の前衛 高﨑元尚と浜口富治」が開催中で、絵画から立体へと変化していく作品群に魅了された。1945年に高知大空襲があり、高知市の市街地は灰燼と化したという。そこから独自の前衛美術が生まれていくエネルギーには圧倒されるものがあった。
高知駅に戻り、土讃線の高知駅から須崎駅へと行こうとしたところ、Suicaが使えないことに面食らった。関東の感覚のままではいけない。切符を買い、高知県須崎市にある須崎駅へと向かうと、ご当地キャラクター・しんじょう君の立て看板がホームで迎えてくれた。
須崎駅を出ると、自転車の有料駐車場があった。しかし、その中に自転車は少なく、むしろ古びたゲーム筐体などが雑然と置かれていることに見入ってしまった。
店もまばらな通りを歩いて、遂にたどり着いたのが、須崎市立市民文化会館 大会議室兼展示ホールだった。そう、我々は何のために高知県まで来たのか? 「大森靖子のライブに行くと幸せになれる47都道府県ツアー『PUNKTUARY 2026』」のツアー初日である高知県公演を見にきたのである。驚いたのは、200席ほどであろう高知公演が、多くの若いファンとともに埋まっていたことだ。2024年頃から、TikTokで大森靖子さんを知ってライヴに来る若い女の子が急増していたが、高知県でも同じことが起きていた。ライヴ中、数席離れたところにいる女の子が、大森靖子さんの弾き語りを聴きながら号泣し、嗚咽している声が聞こえた。そうした人々がいるからこそ、大森靖子さんは47都道府県ツアーをすることにしたのだろう。
終演後、須崎駅に戻ると、人気のない駅前がライトアップされて煌々と光っていた。高知駅に戻り、大森靖子さんのファンのKeiさん、saiさん、いのさんと我々で、居酒屋土佐へ行ったのだが、実はこの店には前日も訪れていた。しかし、2日連続で行きたくなるほどの店なのだ。海鮮料理がおいしいことに加えて、焼きおにぎりが握りこぶしよりも大きい。帰りにはバナナをくれるので、2日連続でホテルでバナナを食べた。
最終日の3月21日は、ホテルをチェックアウトして、鍋焼きラーメン 千秋へ。ここにも、しんじょう君のポスターが貼られている。彼は頭に鍋焼きラーメンの帽子をかぶっているのだ。
高知龍馬空港から飛行機が離陸すると、夕日を浴びて煌めく、あまりにも美しい土佐湾の海が広がっていた。当然のことだが、その土地土地に文化と歴史と人々の暮らしがある。旅行嫌いの私だが、大森靖子さんの47都道府県ツアーを通して、いくつかの県を訪れてみようと思う。















