哀には慣れないんだ

BiSHについては、2015年4月30日のシークレット・デビュー・ライヴから、2023年6月29日の解散ライヴまでを見届けることができたわけだが、私はどこか「いいとこどり」をしたようなうしろめたさを感じてしまう。それは、第1期BiSに関しては、後先のペース配分など考えずに駆け抜けたという自負があるからだろう。東京ドームでの解散ライヴの開演直前、BiSHを走りきった清掃員である3104とぬきぬきさんに偶然遭うことができ、幸あれとその背中を見送った。

BiSHの解散ライヴについては、3媒体に執筆やコメントをすることになった。まるで特需だ。そして2023年7月17日には、もう「第2のBiSH」であるBiTE A SHOCKのお披露目ライヴのレポートを書いたのだから展開が早い。Yahoo!ニュース オリジナル 特集での最後のBiSHの取材の際、撮影をお願いした星野耕作さんは、ワタナベエンターテインメント移籍後のモモコグミカンパニーのアーティスト写真も撮影したそうで、そうして次へと派生していったことも嬉しい。

そしてBiSHの解散ライヴは、Rice&Beerのマイトに久しぶりに会う場でもあった。日本がコロナ禍に襲われた2020年に、マイトは地元の福島県に帰っており、そこから3年ほど会う機会がなかった。そして、その間に地元で結婚したので、旦那さんであるしょーしょーさんに会うのは、BiSHの解散ライヴが初めて。普通、結婚相手の友達に会うというのは気負うものだろうし、その相手が我々のようなよくわからない集団で申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

解散ライヴを見届けて東京ドームの外に出ると、激しい雷雨。なんとかマイトやあちゃ、そしてチケットを入手できなかったがすぴ〜たちビッシャーの一団とも合流した。しょーしょーさんにこんな集団に付き合わせるのも申し訳なかったし、マイトとしょーしょーさんは福島県にない鳥貴族に行きたいと言っていたのに、空いている鳥貴族を見つけられず、結局、秋葉原のやきとん元気になったのも申し訳なかった。

やきとん元気のテーブルに焼き鳥が運ばれてくる一方、私にはある媒体から進捗確認のメールが届いていた。まだライヴが終わってから1時間しか経っていないのだが、解散ライヴに触れるために校了を過ぎていたのだ。みんなのいる場でパソコンを広げて原稿を書くというのは、私にとっては珍しいことだった。その様子を写真に撮られて、Twitterに投稿されていくので、私はいちいち目を見開いてポーズを決めた。

コロナ禍で最寄り駅の終電が早くなったので、マイトとしょーしょーさんの分の代金は私が出し、一足先にやきとん元気を出た。せめてもの結婚祝いをしたかった。コロナ禍の約3年、Rice&BeerではTumaさんが死んだり、マイトが結婚したりと、冠婚葬祭が詰めこまれすぎていた。BiSHとの8年もあっという間だったし、3年など言わずもがな。ただ、ちょっと喜怒哀楽の追いつかない3年だった。特に「哀」には慣れないんだ。