常に下品だけど上品

2022年6月1日、いなむらに連れていかれた渋谷の居酒屋のトイレには、「まんぼうが発令されても、当店は『要請』を一切受けいれません!!」「おバカな『認証』なんか取得しません!!」といった文言が書き連ねられた「宣言」が貼りだされていた。さらに行政訴訟が起きたときのために、「賛同いただける法律専門家募集中、自称でも構いません!!」とも貼りだされており、「自称でいいのか」と思いつつ席に戻ると、店内は混雑の一途を辿って満員に。ふと見ると店員もマスクをしていない。マジかよ。

自粛ムードもすっかり緩み、Tumaさんの死後、私も飲み会に行くようになった初夏、数年ぶりにいなむらと会った。いなむらと初めて会ったのは、彼女がまだ16歳ぐらいのときで、アーバンギャルドのイベントで、私を怪訝な目で見ていた高校生がいなむらだった。

最近は、いなむらが共通の友人たちとピクニックに行っている写真をInstagramのストーリーに投稿しているのを見て、私が「行きたい」とコメントをすると、いなむらは「かわいい」と返信してくれた。当時、コロナ禍の孤独でもはや人の形を保つのもギリギリの時期だった私は、いなむらのそんな一言にとても救われたものだ。

いなむらが私をSNOWで撮影すると、彼女のスマホの画面には「きれいな宗像明将」ができあがっていた。すごいな。私は、いなむらが恋の話をしはじめると、テーブルのコップも皿もすべて落とす勢いで、自分の一眼レフを手にして、気が狂ったようにシャッターを切った。

こんな調子で、私たちが出会ってから10年以上の歳月が流れていた。

店を変えようというところで、うさやまに連絡がついた。うさやまは、そもそもテクノポップ界隈で知り合ったはずなので、2000年代後半からの付き合いだ。いなむらからは、今夜うさやまはVRChatで知り合った女の子と会っているという情報を吹きこまれていたが、合流したうさやまは、実際には挫・人間のライヴ帰りだった。お互い白髪が増えたなぁ。

2件目の居酒屋はまだ正気を保っていた。店員もマスクをしていたし、アクリルのパーテーションもあったからだ。

いなむらからは、「宗像さんは言っていることは常に下品だけど、女の子に対しては上品」と評されて、一滴も酒が飲めない私は、上機嫌でコーラのおかわりを続けた。今夜だけは血圧のことを忘れたい。

そして、Tumaさんについてのブログに対して「文学の人だと思った」と過分な評価を受けた。悪い気になるはずもない。ただ、Tumaさんが生きていたら、こんな長文を再びインターネットで書くようにもならなかったはずだ。そもそも、私はなぜまた長いテキストをインターネット上で書きはじめたのだろう?

Tumaさんの死後、彼の友人がTwitterに載せていた、Tumaさんの血圧の写真の数値は非常に高く、ショックを受けたものだ。それを思いだし、私はコーラを飲むペースを少しだけ落とした。

https://www.instagram.com/munekata/