人はそうそう死なないんだよ

2023年1月も下旬にさしかかった頃、正月は実家で静養していた義雄が東京に戻ってきた。2022年の年末には家族が迎えに上京してくるほど弱っていた義雄だが、久しぶりに会うと予想以上に元気になっており、突然別人に会ったような感覚にすら陥った。人間ってこんなに回復するのか、と。

義雄が紀伊國屋書店新宿本店に行きたいというので、店の前で待ち合わせた。純文学は2階。義雄が2冊ほどカゴに入れたところで、私は宇佐見りんの「かか」をカゴに入れようとしたが、悩んだ末に同じ宇佐見りんの「推し、燃ゆ」に変えた。

「推し、燃ゆ」は芥川賞受賞作品であり、主人公は作中で明言こそされないが発達障害、そしていわゆる推し活をしている……というキャッチーさゆえに、初めて読む宇佐見りん作品にはふさわしいと考えた。ただ、私はデビュー作である「かか」のほうが好きだ。こちらは三島由紀夫賞受賞作品。家族の問題とSNS、という視点から、主人公はやがて熊野へ向かい、補陀落渡海と月経が渦まく展開を見せていく。補陀落渡海とは、南方にあるとされる浄土を目指して、死を前提に船に乗ることであり、中世に多く行われた。「かか」で臭い立つ土俗性は、「推し、燃ゆ」にはないものだ。

そんなことを義雄に話しても迷惑だと思われたので、彼女が行きたいと言う上海小吃へと我々は向かった。平日とはいえ、夜の新宿にしては人が少ない。路地に入って上海小吃の別館に行くと真っ暗で、誰かいないかと声をかけても応答がない。どうしたものかと周囲を見ると、店員も他の客も本館に詰めこまれていた。

銀絲巻という揚げパンを頼むと、焼きたての温かさに義雄は「教会のパンはいつも冷たかったから……」と小芝居を始める。四川辣子鶏という鳥の辛炒めを頼むと、よせばいいのに義雄は唐辛子をスナック感覚で次々と食べ、その後に襲ってくる辛さに苦しんでいた。そう、後から来るんだよ……。

それから数日後、大寒波がやって来た。通話をしていると、義雄の家の湯が出ないという。話を聞くに、どうも給湯器への配管が凍ったらしい。寒波のなかで風呂にも入れずに、義雄はまたゆっくりと弱っていった。それでも義雄はこう言うのだ。妙な余裕とともに。

「人はそうそう死なないんだよ」

死と生の間をさまよってきた人間ならではの重みを感じた。

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